2-2. ねえ。この子聞こえてる?

これまでの話は
日記ー妊娠、出産まで
前回は
2-1.検査の結果

よくわからない子育て

お母さんありがとうぞうさん
とかく最初の子はどう育ててよいかわからない。

最初は毎晩、玄の体重を計測して
「増えた」とか「おかしい。あれだけおっぱい飲んでるのに減ってる」とか一喜一憂していたのだが母にたしなめられた。

なんだかまるで宇宙人のような気がして、私がなにかそれこそ細かく細かく配慮しないと目の前の赤ちゃんがどうにかなってしまうんじゃないかとさえ思った。
最低限の生理的要求さえ満たしてあげればいいんだ。と思えるようになったのは二人目からである。

玄は本当によく寝る子だった。
こっちも産後で疲れているのでそれをいいことにそのままにしておいた。
「3時間おき位におっぱいをあげましょう。」と言われているところを8時間とか寝てくれて起きた時におっぱい与えたりしていた。
産科の小児科の先生に「起こしておっぱいあげなあかんがなーー。」と笑われた。

神経質に育てているようで肝心なところが抜けていたような子育て。
そんな子育てでも20歳になった今があるのだからなんとかなるものだなと思う。

ねえ。この子聞こえてる?

2015・曼荼羅

2015・曼荼羅

玄の耳は片方はふさがっていたがもう片方は開いていた。
だから開いている方の耳で音は聞こえていると思い込んでいて普通に話しかけていた。

呼びかけなどに反応するのは聞こえる子でもまだ先の事だろうと思った。
この時期の赤ちゃんが通常どういう反応をするか?というのは本で調べては見たものの、最初の子供なのでいまいちわからなかった。

そんなある日、母が何か大きな音をたてた時に玄の反応がまるでないということに気が付いた。
生後1-2週間の赤ちゃんでも大きな音を立てた時、モロー反射と言って、両手を同時にびくっとさせる動作をするという話だった。

「ねえ。。。やっぱりおかしいんちゃう?」

母が玄の寝てるそばで豪快にふすまを開け閉めしたけども反応がなかった。

「全然反応ないやん。ほら。」

突然玄に直接触れた時は、モロー反射があった。

その後は心配に浸る間もなく日々の世話に追われて行くのだが、「この子は聞こえているのだろうか?」という不安はつきまとう。
「開いている方の耳からちょっとでも聞こえてるんじゃないか」
そう思う事にしていた。

今時だとAABR(聴覚スクリーニングテストというそうで、音の刺激を与えて脳波を測定する)の検査を新生児の段階で勧められるだろうが当時は今ほど早い段階での検査を勧められるような感じでもなかった。
もっとも新生児の段階で検査に難聴の疑いがあります。といわれても成長していくうちに疑いが晴れることもあると聞く。
でもやはり聞こえる子か聞こえない子か。がわかるのは早ければ早いほどいい。

目が覚めた先生の言葉

1ヶ月間の実家生活を得て、夫と義母、義兄弟の待つ相模原に戻った。

玄の体の事に関しては神戸のこども病院に紹介状を書いてもらい、その後は神奈川県立こども医療センターで長期的に見ていただくことになっていた。

神奈川県立こども医療センターは、わが子の場合は形成外科に耳鼻科に。。と科の数は多いが最初は「内科」の受診から各科へ受診。という流れだった。

最初の内科の受診は1か月半の時。かなりキャリアの60近い女の先生だった。

私が(玄の障害の事で)
「この子の5年先、10年先、、将来が心配ですーー。どうなるのでしょうか。」
と正直にわあーーっと先生に気持ちを伝えたら

「あのね。はっきり言うけど、遠い先の心配は全く意味がないからもう今からやめましょう。あなたが今5年先10年先心配してこの子がどうなると思うの?今できる事をしなさい。先なんか考えない!」
というようなことをぴしゃっと言われて目が覚めるような思いがした。

先生の言うとおりだ。。

遠い先を心配しても全く意味がない。。。。

今できることしかできないんだなあ。。

この言葉が息子の話だけでなく他の事でも同じなんだよなあとその後も今も私の中で生きている。