ママ友との関係

その昔

oranutan

人に合わせるくらいならどちらかというとひとりでいる方が楽なほうで、
ひとりで牛丼食べに行くとかひとりで飲みに行くというのも割合昔から平気だ。

そんな私も小学・中学の時はいつも誰かとつるんでいた。

高校一年の時、お弁当を一緒に食べる7人グループに自分もいた。

ある日時間になっても皆がテーブルに来なくてどうしたのかなあと思っていると、自分以外の子たちが円陣を組んで廊下で誰かの悪口を言っているのを見てしまった。
内容は聞いていないのに、「絶対自分が言われている」と思いこんでしまい、、
その日は初めて「ショックでご飯が喉を通らない」経験をした。

それ以来友達集団に属するというのが嫌になってしまった。
自分の意見を集団に合わせるのも自分本位の気持ちでないなら合わせる必要はないと割り切った。

大学に入ると自分の価値観と似たような友人がたくさんいて、しかも友達集団もこれまでのようにメンバーがはっきり決まっているわけでもなく
その中には男子がはいったり、時には先輩がはいったりと有機的な感じだったので非常に楽しかった。
また、価値観が似たもの同士の友人は貴重で何よりも楽である。

その頃は公園デビューとか、幼稚園の園バスで子供を見送った後公園で円陣を組んで話しこんでるお母さんたちを見て、「自分とは別世界の人間だ」と冷めた目で見ていた。

ママ友との付き合い

そう思っていた私に子供ができ、その子が聞こえない子だという事で聾学校に通う事になった。

聾学校の幼稚部までは毎日教室まで送り迎えをする必要があった。

1クラス5-6人の小さな集団である。学年でも数えるほどしかいない。学年が上がってもクラス替えはない。
同じクラスの他のお母さん方と毎日二回顔を合わせることになる。

学生時代はいわば大勢の学生の中から「気の合う同士」で集まることができる。

でもこの時はあくまでも子供の聾学校の母同士なので価値観の合う人が中にいればラッキーだけど、そうでない場合もそれなりに合わせてうまくやっていかないといけなくなる。
神様がチョイスした仲間というわけでその時はどう思おうとありがたい「ご縁」なのである。

子供を朝教室に送ったあと、学芸会の前などはどこかの教室で皆で集まって舞台や衣装を一緒に作ったりなど、共同作業の機会がよくあった。
共同作業、となると皆が出席となるのでそれはそれで楽しんで参加できるのだが、
例えば誰かと誰かがランチに行くとして、その小集団の中で他の人は誘われているのに自分は誘ってもらえなかった時というのがいちいち嫌な思いがしていた。
(人に合わせるくらいならひとりの方が楽って思ってたはずなのに!)

一人一人と話したり遊んだり、お互いの家に行ったりとか、そういうのはよかった。

それは私の勝手な幻想かもしれないけど
一人一人は皆いい人なのにどうして集団化し円陣を組んだりすると嫌なものに見えてしまうのか。。。

もしかしたら初めに書いた高校の時の思い出がそう思わせているのかもしれない。


息子は小学部に入るときに立川ろう学校へ入学したのだけれど、ひとり通学できる4年生頃まではやはり送り迎えは続いた。

昼過ぎに駅まで迎えに行くのだが、一人一人ならいいのに、、やはり駅でママたちが円陣を組んでいるのを見ると引いてしまってその中に入ろうとする自分というのは想像できなかった。
円陣から離れてウォークマンを聞いてひとりで学バスを待っていた記憶がある。

母同士が例えば喧嘩したり、険悪な中になったとしても、、、、
子供が通学する限り毎日2回顔を合わせることになるし、共同作業があればそれもしなくてはならない。。
「濃い仲」にならざるを得ないのだ。

息子が幼稚部の時、PTA会長さんが
「子供もお母さんたちもみんな違う。違うからいいのであって、「ああ。違うんだ」と割り切って違いを認め、その上で(お母さん同士の)付き合いをしていかないと」
と言ってた時、「なるほどなあ」と心に染みた記憶がある。

しかしながら。。本当にいろんな人がいて、、
必要以上に人の家のしつけに踏み込んでくる人もいたし
先生の悪口ばかり言っている人もいたし、、

あるときは他の人に送る予定の、私の悪口を書いたメールが間違えて私のところに送られてきたこともあった。
(この時は「このメール私あてじゃなくて●●さんあてなんじゃないの?と返信を送ってやった。)

そんなことがあっても、毎日顔を合わせなくてはならない。。
しかも卒業するまでこれからも付き合いは長い。。

聾学校の世界では先にふれたように一般の幼稚園や学校とは違い少人数で、しかも学校を変えない限りこの関係は子供が大きくなるまで続く。

結論&悩める方へアドバイス

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あくまでも私の経験にもとずいての持論だけど。。。

かつての会長さんがおっしゃる通り、みんな違う。違うところからスタートしてる。だからいいのかも。

価値観の同じ人とばかりだと自分の器が大きくならないし♪って割り切ったほうがいい。
割り切りがすごく大事だと思う。

逃げられないし。
それ受け入れるしかないし。
受け入れないと学校が変わっても同じ思いは繰り返すから。

対象の人が悪いから嫌な気持ちがするんじゃなくて、自分の中の深いところになにか引っかかるものがあるから嫌な気持ちがするのであって、絶対悪口は言わないほうがいいと思う。
当たっているからイラッとするのだと思う。
また面白いことに必ずと言っていいほどその人にお世話になるときが来たりするから。

気になった時は積極的に話しかけたり、子供のように自分の気持ちを伝えるといい結果になると思う。
そして女同士の距離の取り方って難しいものかもしれないけど5分5分で人に合わせるのは半分でいいんじゃないかなあと思う。

忙しいながらも自分の世界を小さいながらにも持っていると心の支えになるしワクワクもする。

それでも子供が卒業して成人するころには、いろんなことがあってもやはり長い間同じ苦労を共にした同士、久しぶりに会うと嬉しさや懐かしさ、哀愁のようないろんなものが混じってその人の価値観やらいろんなものを認めることもでき、いい感じになってくるのでママ友は貴重だなと思う。

それからそれから若い頃は冷めた目で見てたけれど。。
楽しい井戸端会議は母にとっても子供にとってもすごく有意義で大切なことだと今は思う。

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