2-4. 形成の受診。感じた事

これまでの話は
日記ー妊娠、出産まで
2-1.検査の結果
2-2.ねえ。この子聞こえてる?
2-3. 子供が怖い

形成の受診

2016.2 撮影

2016.2 撮影

生後5か月の時初めて形成外科を受診した。

形成外科の待ち時間は2-3時間がざらだった。
待合の椅子に座って見渡すと本当にいろんな赤ちゃんがいた。

みつくちの赤ちゃんが一番多かった。「鼻の下が割れている」状態で生まれた赤ちゃんである。

上あごのない状態で生まれた赤ちゃんも結構多く、その場合はミルクが飲めないので早い目に手術をするという。

隣の赤ちゃんのおくるみからはみ出した足の指は6本あったし、ちょっとショッキングだったのは頬骨の片方がなく、顔の半分が開いてしまっている赤ちゃんもいた。

「口唇口蓋裂の会」のパンフが置いてあった。同じ障害をもつ親同士の交流はとても大切なものだと思う。

皆、当然のように健康で問題のない赤ちゃんを望んで出産したが、生まれた子に障害が見つかりその流れでここにいる。私も同じだ。

妊娠初期の段階で脊髄から出来ていった人の体は 真ん中で通常は自然に閉じるものなのだが、なんらかの影響で上あごや鼻の部分が閉じない状態で誕生した場合そうなるようだ。

「妊娠7-8週目に何かありましたか?」と医師から聞かれた。

たしかに切迫流産しかかったけど、、真相はわからない。


待ち時間に私の目の前を両手のない女の子が楽しそうに走って行った。
他の子と追いかけっこをしていて、別段普通の女の子と変わらない。

こちらから見ると「手のない子」とどうしても思ってしまうが彼女にとってはこの世に生を受けた時からそうなのであり、「この世はそういうもの」として(幼いうちは)今まで時間が経過しているものだと思う。
最初生まれた時に「あった」ものが事故や病気で「なくした」わけではないから。

赤ちゃんの頃は幸も不幸もない真っ白な状態なのだろうけど、自らの障害の事をどうとらえていくか?の心の部分に関しての意識については、結局周りがつくっているものなんだよなあ。と思う。
すごくざっくりとした言い方かもしれないが、障害のあることで本人が悩み始めるのは学童期以降であるだろうからそれまでの根っこにあたる幼児期までの時期は何よりも楽しく明るく天真爛漫に育てるのが一番だと思う。理想論だけど。

ちょっと横道にそれるが、
障害の詳細というのは当事者から聞かないともちろん分からないことだけど
一見同じような障害を持つ人でも障害を(先天的に)持って生まれた人と健常で生まれたのにもかかわらず病気か何かで障害を負ってしまった人とは何か根本的に違うものがあるように思う。
また後者の場合当然その時期にもよると思う。
障害を負ったのがなにもわからない赤ちゃんの時なのか子供の時なのか、思春期なのか。成人してからなのか・・・

↑こう書くと当たり前のように思われるかもしれないけど。。一般的に障害の種類によってひとまとめにくくられることって結構多い。

聴覚障害に関しては先天的に聴こえない子と、生まれた時は聴こえていて、ある程度母国語を聴いていた上で病気か何かで聴覚障害児となった子とでは言葉を習得していくという点では明らかに違うものがある。

障害を持つ人はひとりひとり事情も違うのでそれに対するサポートもそれぞれ違ってくるのが当然だと思う。

形成の話に戻るが、わが子の場合は鼻の奇形だったけれど病名としては「口唇口蓋裂」とされた。手術は10カ月の時にしましょうという事に決まった。

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