2-8. 神業・職人のような手術

これまでの話・・・目次

形成の手術

10か月になって、鼻の奇形の手術をする時が来た。

開いてしまっている部分の上にふわふわのコブがあって、そのコブを切開し、開いている部分(小鼻の上)を覆う皮膚に使うという事だった。
当然、皮膚だけを伸ばしてきたのでは、鼻のふくらみが出ずその部分だけペタンコな鼻になってしまうので、中に軟骨が必要になった。
皮膚も軟骨も持ってくるとしたら細胞的に出来るだけその部分の近くのところから持ってくる事がベストらしい。
鼻の手術前

軟骨は片方の耳が副耳(耳の前にいぼ状の突起)の中に小さな小さな軟骨があるのでそれを使いましょうということになった。

もしかしたら一回の手術では足りないかもしれない、顔や骨のある程度成長した10歳以降にもう一度手術することになるかも?という説明を受けた。

デザイン褒められて喜ぶ私

手術の前に看護婦さんから「筒状のギブス」のようなものを手術の日までに作ってきてくださいね。とサンプルを見せていただきながら作り方のコピーをいただいた。

それは赤ちゃんが手術後気になって顔の患部を触ってしまないようにと肘が曲がらないようにするための筒状のギブスのようなものだった。

見せていただいたサンプルの生地のキルティングはキャラクターがプリントされたかわいい感じの生地で作られたものだったが、、
どうしてもかわいい感じのものが嫌で、もうちょっとシックな感じにしたくて無地紺のキルティングにベルトの部分はそれに合う子供用のサスペンダーを改造してデザインした。
腕を固定するやつ
中に下じきが入っている。金具で肩を留めてマジックテープで腕を巻くと、赤ちゃんの肘が固定されてしまって患部に触れることができなくなる。

仕上がったこれを病院に持っていったら看護婦さん達におしゃれだと感心されて、他の看護婦さんにも見せたいからちょっと貸してと言われ、たくさんの看護婦さんにみてもらう事になった。
思わぬところで自分の作品が褒められたようで嬉しかった。

職人・神業先生

手術の日、義母と主人も一緒に病院へ行った。
情緒的にまだ母と離れて泣くほど成長していなかったのか、手術室の扉で見送った時も玄は泣かなかった。
小さなベッドの中でいつもの癖で体を反らせながら手術室に運ばれていく玄は「ありゃ?ママたちと離れるの??なにが起こるの?」といった感じのつぶらな瞳でこちらをずっと見ていた。
なぜかあの顔が今でも忘れられない。

手術は6時間にも及んだ。時間が長く長く感じられた。

手術が終わり、執刀の先生から説明の小さな部屋に呼ばれて手術の内容を三人で聞いた。
どうやら無事滞りなく終わったようだが、

「いやあ~。一度終わって閉じたんですけどね、なんかしっくりこなくてほどいてやり直したんですよ~。」

もう医者というよか職人だ。と思った。

小鼻の軟骨は予定通り副耳から持ってきたのだが、その大きさは米粒よりも小さいものである。
その軟骨を叩いて伸ばし、形状を整えて中に入れたという。

何分赤ちゃんの鼻なのでその患部の大きさは豆粒位の大きさの世界である。
いくら同じ人間の近い部分の骨や皮膚を移植しても細胞同士が合わさらない時は再手術となる。
しかもその手術した部分が5年後、10年後どう成長するか?を予測しながらの手術である。

職人というより神業のように思えた。

今回の手術の完成度が素晴らしいものだったようで、手術後の診察の時、多くの看護婦さんや若い先生たちが集まって来られた。
「いやあ。(T先生の技術は)やっぱりすごい!!」と皆が口にしていた程の素晴らしい手術だったようだ。

退院後、何度か訪れた診察の時も必ず第一口が
「どうです!おかあさん。素晴らしいでしょう!」だった。

T先生にとっても最高の仕事だったようだ。かなり年数がたってから(15年くらい?)受診した時も、「この子の手術ははっきりと覚えていますよ!」と言われた。

難しい手術だったのにもかかわらず、その後は手術したことすら他人からわからないように成長し、2回目の手術をすることなしに今日まで来れたのだからやはり神業のように思う。

T先生の最高の仕事あっての今があることに感謝である。

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