1-3. 赤ちゃんに会うのが楽しみ♪

出産・妊娠編これまでの話(順に)
1-1. オトコ女の妊娠と不思議な夢
1-2. 切迫流産!バタバタした妊娠生活と不思議な体験

男の子か女の子かよりも先に名前が決まった

「うーーん男か?女か?ちょっとわかんないなー多分男の子だと思うけど??」

と、病院でははっきりしない診断をもらっていたのだが、私たち夫婦の間では「絶対男の子だ!」と勝手に決めていた。

「玄」という名前は夫が直観で決めたようだ。

夫の兄弟から「ねえもし女の子だったらどうすんのー??玄子?」とよく言われた。
私は男の子でも女の子どっちでもいいやーーでも玄子はちょっとかわいそうかなあ。。と思いつつも女の子の名前は全然考えていなかった。

彼はお腹によく「玄ちゃん」「玄ちゃん」と語りかけてくれていた。
そして出産予定日が2月の中旬頃ということで
「ねえ。玄ちゃん。バレンタインデーに生まれておいでね~」とも。
本当にその日に生まれてきたので語りかけをよく聞いていたのかもしれない。

『たまごクラブ』という妊婦向けの本があって、自分の妊娠周期と「その時の赤ちゃんの様子のイラスト」を逐一チェックしていた。
本に直接「玄ちゃんが今日はよく動いた。」とか「玄ちゃんはもう20週目に入って何センチになった。」と細かく書きこみをするのが好きだった。

赤ちゃんに会うのが楽しみ♪

テレビや本で目にする赤ちゃんの写真を見てはその都度「私にももうすぐ♪」と幸せな気持ちになった。

赤ちゃん服の編物の本を買って赤ちゃんニットを編むのが楽しくて、
一段出来るごとにもうすぐ会えるわが子を抱っこするのが楽しみで仕方がなかった。

「私の赤ちゃん、どんな顔してんのかなあー。早く会いたいなあーーー」

赤ちゃんニット
いまだに大切に取ってあるワクワクしながら編んだ赤ちゃんニット。

義母は前から「早く孫の顔が見たい。抱っこしたい」と言っていたようなので、私たちの赤ちゃんが生まれるのを本当に楽しみにしてくれていた。
玄は「初孫」なので楽しみひとしお。といった感じだった。

里帰り出産したいんですけど

たまごクラブにいろんなお産の事が書いてあって、その中の「水中出産」に妊娠当初はちょっと憧れていた。
浮力でリラックスしながら出産できる自然なイメージのお産に思えたのだ。

実家の母に相談したら
「最初の出産は特に何かあった時が怖いからとんでもない!」と反対された。

自分は違う、何かあるなんて他人事なんじゃないの?とちょっと思ったけど
実際「何かあった」出産だったわけで、後になっては母に感謝だ。

実家の近くの産婦人科で出産するためにこれまでお世話になった(最初適当に選んだ)産婦人科に里帰り出産をしたい事を告げに行った。

「里帰り出産したいんですけど」
「えーーー!なんだよ。何で最初から言わないの!?」

とひどくとがめられてしまった。

検診の後、
「先生、お腹の子は男の子でしょうか。女の子でしょうか?」
「知らねえよ。出産する病院で聞きな!」

と突き放されてしまった。
・・・・・産婦人科って「出産」で儲けてるのかなあ。。。と心の中で思った。

里帰り出産は何を準備したらいいのかわからないので、たまごクラブに書いてあった通りに準備し、産休をもらって神戸へ里帰り出産のために帰った。

出産先の産婦人科は、私が9歳くらいの頃、母が婦人科系統の病気で入院、大手術した大変お世話になった病院だった。
駅から病院の母の個室の窓が見えるのだが、母を見舞いに行った帰り駅から母に手を振って別れるのがさみしくて泣いたのを覚えている。

里帰り出産でお願いすると、婦長さんから病院内を案内してもらい、いろいろと説明を受けた。
阪神淡路大震災から一年も経っていない頃だったので、廊下の隅に震災の名残が少しあり、出産費用も「困った時はお互い様価格で」ということだった。

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